株式やFXなどの投資で勝てない方。毎月クレジットカードの支払額が減らない方。好きな人に連絡を送れない方。大きな夢があるのに諦めてしまう方。
この根本的な理由は人間の心の仕組みにあります。
この仕組みを考えるうえで使えるのは行動経済学のプロスペクト理論です。
今回は、お金だけでなく人生のほとんどの対象に使えてしまう、プロスペクト理論を簡単に解説します。
行動経済学自体についての解説や、日常の賢い消費活動に使える理論の解説はこちらの記事をご覧ください。
それでは早速、プロスペクト理論の解説を具体例を交えながら解説していきます。
目次
プロスペクト理論を理解するうえでとても大切な考え方を先に紹介します。
それは、「私たち人間は損をすることが大嫌い!」というものです。
「プロスペクト(prospect)」という単語は「予測」や「見通し」という意味を持ちます。プロスペクト理論では、人間が損をしている(あるいはする可能性のある)状況下において、予測や見通しを大きく見誤ることをモデル化しています。
この理論は、ダニエル・カーネマンとエイモス・トベルスキーによって提唱されました。
行動経済学の研究で実際に行われているような設問を見てみましょう。
問題1:あなたは、実験に参加するにあたり協力費として10万円を貰った。研究者はあなたにコインを投げるように求めた。
表がでたら→追加で10万円を貰える(貰える額=20万円)
裏が出たら→追加はなく協力費の10万円のみを貰える(貰える額=10万円)
というゲームをするというのだ。
しかし、あなたには更なる選択肢が与えられた。
それは、ゲームに参加しなければ協力費に無条件で5万円を上乗せするというものだった(貰える金額=15万円)。
このような問題を初めて見た時、私は何もしないで15万円を貰うことを選ぶだろうと思いました。実際の研究(値段などの厳密な研究デザインは異なります)でも、多くの人が「確実性を取り15万円」を選択したそうです。(もちろん、経済的な余力の違いや遺伝的にリスクをとることが好きな脳の特徴があるか否かなどで条件が変わるので議論の余地はあります。)
しかし、状況が変わったらどうなるのか気になって研究者は更なる実験を計画しました。
問題2:あなたは、実験に参加するにあたり協力費として20万円を貰った。研究者はあなたにコインを投げるように求めた。
表が出たら→貰った20万円をそのまま貰える(貰える額=20万円)
裏が出たら→半分を研究者に返さなければならない(貰える額=10万円)
しかし、あなたには更なる選択肢が与えられた。
それは、ゲームに参加しない場合、無条件で5万円を差し引かれるというものだった(貰える金額=15万円)。
この問題に対しては、多くの被験者はゲームに参加すると回答したそうです。つまり多くの人が自分の所有物を減らさないようにと「リスクを取った」のです。
どちらの問題においても、ゲームをやらないことを選択すると全く同じ15万円をもちかえることができます。しかし、なぜ状況が変わっただけで人間の意思決定はこのように変わったのでしょう?
つまり、この研究から何が言えるでしょう。
答えは、人間は不確実な状況下で、得をしたいと思うよりも損をしたくないと思う気持ちのほうが強くなるということです。
これは、行動経済学でいうところの損失回避という心理で説明ができます。あらゆる研究で、この損失回避の心理は認められ、人間全般に見られる心理傾向であることが証明されてきました。
当たり前ですが、人間は誰でも得をしたいと思います。しかし、それ以上に損をしたくないと強く思う特徴があるそうです
それゆえ、今の時点で自分のものである5万円を失うことの苦痛を許すことが出来なかったのでしょう。同じ5万円でも、自分が所有している5万円の方が他人が所有している5万円よりも大きく見えてしまうのです。
この問題の起源を進化的に考察した神経科学者もいます。つまり食料など生きていくための資源が豊かではなかった時代、今自分が持っている資源のほうが、これから得られるか得られないか分からない不確実な他の資源より生きていくために大事だったということです。自分のものを大切にして生き延びた人間から生まれた子孫が我々なのです。従って根強く遺伝子に損失回避が書き込まれている我々にとって切っても切り離せない問題ということです。
「人間がいかに損をすることを嫌う」という心理が理解できると、株式市場で負ける1つの理由が分かると思います。
株で勝つために必要な考え方に「損切り」というものがあります。
損切りとは、所有している株に損益が出ているときに諦めて損失を確定させることです。株で勝つためには「損切り」を早くすることが必須です。
しかし、行動経済学の実験でも分かるように人間は損をすること、あるいは損をしている状態が大嫌いです。先ほどの例の中でも自分の所有物の5万円を失わないために確率が1/2のゲームに参加する人が多くなるという傾向が見られました。損をしていない状況では全く同じ確率のリスクを冒さなかったのにです。
損失回避の根本を分かれば、損を受け入れる心の強さも育まれます。わずかな損に耐えられず、より大きな損失を作ることが、投資で不利に働く大きな原因なのですから、人間心理の仕組みを理解してトレードに臨むことが最終的に利益を上げる道しるべということです。
自分に好きな人がいるとして、付き合いたいと考えてるとします。何回かデートに行って楽しかったのですが、その相手は自分のことが好きかどうかわかりません。
当たり前ですが付き合うためには、告白をするしかありません。
こんな時、多く人が告白ができないのです。
これもプロスペクト理論です。
つまり、告白をしてOKをもらった時の喜びより、ふられた時の悲しみのほうが大きいと潜在的にわかっているから、付き合える可能性が0ではないのに告白ができないのです。
仮にあなたに何か成し遂げたい夢や目標があったとします。
頑張れば、なれるかもしれないですがもちろんなれない可能性もあります。
種をまかないと実が成ることはないのに、まいたからと言って100%実が成る保証がないのなら、畑を耕す時間も、毎日水をあげる時間も無駄だと思ってしまいます。
これも同じように損失回避です。
目標が達成できるかどうかは不確実です。こんな時、損を回避する唯一の方法はチャレンジをしないことになります。
ここまでの説明で、人間は損が嫌い!ということは分かっていただけたと思います。損を惜しむあまり合理的な行動を選択できなくなる場合もあります。心がある以上仕方ないことなのかもしれません。
損失回避の心理がなくなったらどんだけ楽で合理的になれるのだろうと考えたかもしれません。しかし、やみくもにこの心理を情けないと思うのはスマートではありません。それは、先ほども説明したように、損を回避したいと思う気持ちは、人間が生きていく上でずっと必要なことだったからです。損を回避して生き延びた個体の遺伝子を持って生まれたのが私たちなのです。
具体的にどんな時に損失回避が有利に働くのでしょう。
現在の社会では、社会的なリソースが十分にあるので、私たちの祖先のように、食料や住居に対する損失回避はあまり役に立つ心理とは言えないでしょう。
ここからは、現在最も損という単語が飛び交う投資やお金の世界を例に挙げて紹介していきます。
実は、プロスペクト理論を本当の意味で理解すると、損失回避の先にある、もっと危険な心理効果が見えてくるのです。。
トレードを行ったことがある方、以下のような経験はございませんか?
① 自分が買った銘柄の株価が1万円さがった。→「うわ、1万円損してしまった。」と焦る。
② さらにその株が3万円さがった。→「もう買ってから4万円もさがってる。めちゃくちゃ辛い。」ともっと焦る。
③また、株価が下がった。もう合計で10万円も損してる。→「もういいか。仕方ない。」!」と①や②の時より心の痛みがないように感じる。
毎月クレジットカードの支払い額の多さに悩まされている方、よく考えたら以下のようなプロセスに当てはまりませんか?
① クレジットカードをもって間もない頃→クレジットカードで1万円使うなんてドキドキする!
② クレジットカードの便利さが浸透しだした頃→しっかり計算すればバイト代の半分くらいまで使って大丈夫だと思う!
③ クレジットカードで支払いをすることが当たり前になってきた頃→引き落としのことは後で考えればいいや!と思う。
ここまで、極端に大雑把になくとも、実は自覚しないうちにこれと似たような現象が心の中で起こっているのです。
これは、プロスペクト理論の感応度逓減性(かんのうどていげんせい)と呼ばれる心理効果によって説明ができます。
感応度逓減性とは、利益や損失の額が大きくなればなるほど、満足度や痛みの感覚が鈍ってしまうというものです。
つまり、この例の場合、損をしたこと、あるいはクレジットカードの支払額のふくらみに慣れてしまったということです。
この慣れを甘く見て無視し続けることによって、損益や事実上の借金が雪だるま式に増えていってしまうのです。
この感応度逓減性も、プロスペクト理論の実験で証明された人間の特徴です。
今回の記事では、プロスペクト理論の実験から大きく「損失回避」と「感応度逓減性」という2つの心理的特質を紹介しました。
この2つを組み合わせると次のことが言えます。
「人間は損をすることは大嫌いだが、損の額が大きくなればなるほど、その痛みに慣れてしまう。」ということです。
これは人間誰しもが持つ残念な特徴です。しかし、この残念さを防ぐ方法があるとすれば、このような残念な性質が人間の心の中にあるのだと自覚することです。
例えば、株のトレードをするときは、損に対する不快さを一番感じている早い段階でしっかり損切りをするという心構えを持つことが大切です。慣れてきたらもう遅いということを徹底的に自覚することがトレードのリスクを回避するとても大切な方法です。
クレジットカードなら、毎月使っていい額をしっかりと決めて、それ以上の額は現金かその場引き落としで払うようにするといった注意が必要でしょう。
また、プロスペクト理論はお金に限らず日常生活のあらゆる物事に応用できると私は考えています。
幸せであればあるほど、その幸せになれてしまって当たり前だと思ってしまい何も感じなくなってしまうこともあります。逆に毎日の労働地獄で自由な時間がとれなくても、忙しければ忙しいほどその状況を仕方がないことと思ってしまいます。
ここを自覚することによって歪みなく物事の本質が理解できるのでしょう。
いかがでしたでしょうか?
無意識のうちに人間の心理は、極端に不合理だということを理解していただけたでしょうか?
人間である以上残念な特性も持っているのです。そうして生き延びてきた種なのだから仕方がありません。
現代を生きる私たちができることは、まずその特性を自覚することです。そして今の社会に有利に適応していくためにはどうすればいいかを考えることが大切です。
行動経済学が楽しいと思っていただけた方は、次回の投稿も楽しみにしててくださいね!