行動経済学は、人間がお金と関わる際に必ずしも経済的な合理性を優先しない(無意識レベルで出来ない)という前提の基に、あらゆる心理効果をモデル化しようと試みる学問です。
つまり、従来の経済学の理論のみでは説明が出来ないような人間の非合理的な行動の本質を心理学の考え方を使いながら追求していくことを目的とした、経済学と心理学が合体した学問と言えます。
当ブログでもこれまで、いくつか行動経済学の理論を紹介させていただきました。
今回もその行動経済学の中からアンカリング効果という心理効果を題材にして、ビジネスや日常生活に活かせるテクニック論を紹介していきます。
アンカリングは、マーケティング戦略や営業などの交渉事で、重要な役割を果たすといわれているテクニックです。おそらく、気づいているかいないかは別として、ほとんどの方がこのアンカリングを見たことがあるでしょう。
本記事の構成は目次の通りです。
目次
突然ですが、モノの値段がどういう風に決まっているかご存知ですか?
もちろん、ほとんどの方がご存知だと思います。
売り手側は出来るだけ高く売りたいと思い、買い手側は出来るだけ安く買いたいと思う。この両者がお互いに納得しあえる金額が経済学上のモノの値段の決まり方ですね。そして実際の市場の中では、売りたい人(売りモノ)の数と買いたい人の数の違いによって、同じものであっても時と場合によって金額が変動していきます。
わざわざこんなこと書くなよと思われたかもしれません。(すみません…)
では、質問の言葉を変えてみます。
主観的に納得のできる心の中の妥当な値段はどのように決まるでしょうか?
この質問に完璧に答えられた方は、そう多くはないのかな?と勝手に思っています。少なくとも経済学上の値段の決まり方よりは、一般的ではない考え方なのかな?と思います。
実は、この問題の答えの大部分はアンカリング効果というもので説明が出来ます。(タイトルでバレバレですが…)
では早速、アンカリング効果の内容について解説していきます。
アンカリング効果とは、最初に見た、あるいは意識した金額(アンカー)が、その後の意思決定や価値基準などに強く影響をあたえることにより、合理的な判断を行えなくなるという心理効果です。
人間には、モノの値段の適正さを自分の期待値よりも上か下かで決定するという傾向があります。これは相対思考とよく似た参考思考という思考パターンの一種です。
この思考パターンには、後続する意思決定の際に、参考にする情報が最初にイメージしたものに強い影響を受けるという特徴があります。
これこそがアンカリング効果を理解するためのポイントです。
抽象的な説明になってしまったので具体例をあげてみます。
Aさんは、今日の夕食にお寿司が食べたいと思いスーパーに行った。
寿司なら800円くらいで買えるだろうと思い(参考価格=800円)いざスーパーに入った。
すると、スーパーのお寿司のコーナーに「タイムセール2割引き!!」という広告があった。
「ラッキー!」と思い寿司を取ると1200円と表示されていた。(つまり定価は1500円)
この時、この商品は間違いなく定価よりお得である。
しかしAさんは「なんだ高いじゃん」と思い購入をやめた。
この場合、実際に求めていたお寿司は2割引きのセール価格です。経済合理性から考えたら間違いなくお得です。
しかし、この時Aさんの参考価格(期待値)が800円であったために、実際に1200円する希望の商品の値段に満足しないという結果になりました。
つまり、市場経済の中ではこのお寿司という商品は300円の「得」であったわけですが、Aさん的には400円の「損」だったのです。
繰り返しになりますが…
このように、先行刺激が後続する意思決定や価値判断に強く影響をあたえることによって生起するバイアスのことをアンカリング効果と言います。これには、人間の損失回避の心理が大きく働いています。
このアンカリング効果を交渉に使うと考えた場合、売り手であっても買い手であっても先に提案したほうが圧倒的に有利です。
なぜなら、その交渉ごとにおける最初の刺激を提示できるからです。つまり、アンカーを自分で引けるわけです。
もし、売り手である場合は、商品を売りたい額よりも高い額で最初に提案しておきます。(もちろん買い手側に購買意欲があり商品やサービスに価値があると仮定して。)
するとアンカーは自然と売りたい値段よりも高い額になるので、値下げをしても自分が欲しかった利益は回収できますし、値下げをしたことによって相手に満足してもらえます。
買い手の場合は全く逆のことをすればいいわけです。
実は交渉が上手い人は、先に提案してアンカーを引いてしまうというテクニックを使っています。
しかし、これは信頼関係を構築した後の交渉の際におすすめできる方法です。信頼関係が構築されていない段階での交渉の際にこの手法を用いると嫌がられる可能性が高いです。
初期の段階の交渉術はこちらで詳しく紹介してありますのでぜひ参考にしてみてください。
人間がモノを買う時に心の中ではどんなことが起こっているのでしょうか?
先ほどのお寿司を買わなかったAさんもまさにそうですが、人間は損をする(したと思う)ことが大嫌いです。
つまり、売り手側から考えたら顧客に損失感を味合わせないことが大きなポイントとなります。そのために、あらゆる方法が使われています。
価格の適正という観点からマーケティングで当たり前のように使われているテクニックの具体例を取り上げていきます。
この記事のメインテーマであるアンカリングの具体例です。
☆客単価が高く、値段に対する満足度が高いお店はどちらでしょうか?
①:「カフェダイニング1000」という名前のお店
②:「カフェダイニング500」という名前のお店
正解は①です。
なぜなら、店名の数字がアンカーになる余地があるからです。①のお店で700円のカフェラテを注文しようとした場合に安く感じられます。反対に②のお店では高いという印象が付きます。
アンカリングの観点から見るとお店の名前に数字を使う場合、その数字を大きくするほうが客単価も顧客満足度も高くなりやすいということになります。
☆特売日を思い出して下さい。必ずと言っていいほど通常価格が記載されていますよね?
よく考えると、特売日にわざわざわざわざ定価を乗せる必要は実質的な機能面から考えたら意味がないことなのですが必ず記載されていま。
①:「本日特売日!この商品15,000円」
②:「本日特売日!通常価格30,000円のところ15,000円」
この2つの広告の出し方があったとしてお得感が増しているように見えるのは、②のほうです。冷静に考えれば、その日に15,000円で売るのならば通常価格の情報は本来はなくても問題はありません。しかし、あえてこの価格を乗せるのは顧客にお得感を味合わせるためです。まさにアンカリング効果の良い例です。
家電店のセールスマンはパソコンを売るのに必ず3つを紹介するといいます。
予算10万円でパソコンを買いに行った場面を思い浮かべてください。
1つ目は、性能がかなり高く見た目もしっかりしている18万円のパソコン。
2つ目は、1つ目に比べると価格は半分の9万円だが性能も見た目もパッとしないパソコン。
どちらかを買うか悩んでいるとまたパソコンを紹介されました。
3つ目に紹介されたパソコンは、13万5千円で予算よりやや上回りますが、2つ目のパソコンよりも外観と性能が良いものでした。
この場合多くの人間は3つ目に紹介されたパソコンを選好しやすくなるといいます。
家電店などの小売業では最上位機能の商品が売れないことが課題です。そこで売りたい商品よりも高いものを一緒に並べておくことによって、中間価格が作られ売れやすくなるという仕組みを作っています。
これは、妥当効果と呼ばれる心理効果で説明できます。人間は損失を回避するために両極端の提案をさけ、可もなく不可もないと感じられる中間を選ぶという性質があるということです。
そのため、上記の家電店の例のように中間を選ぶという意思決定は自分が行ったのものではなく、セールスマンの口出し、あるいは店のマーケティング戦略通りに動かされた可能性のほうが高いということになります。
ここまで、お金にまつわるアンカリング効果の実例をいくつか紹介してきました。
ここからは、内容を少しだけ深堀して、人間関係に使えるアンカリング効果のちょっとしたテクニック(心がけ)について考えたことを書いていきたいと思います。
アンカリング効果という視点から見て、謙虚さが重要なことが説明できます。
・あるテストが実施されたとします。どちらの発言が有利でしょう。
①:俺(私)はこのテストで80点以上取れる。
②:俺(私)、このテスト自信ないな。60点くらいしか取れそうにない。
自然に自己防衛として②の発言を取りやすくなるということは経験的にわかると思います。その行動は正解です。
この両者が同じ80点を取ったとしたら、同じ実力です。しかし、点数では測れない能力の見え方としては②のほうが上に見られやすくなります。
謙虚さは他の要素からしても有利に働く場面が多いですが、アンカリング効果という視点からも強力な武器になる可能性が高いということが分かるかと思います。(謙虚さの弊害ということもあるので必ずしも良いということではないとも付け足しておきます。)
課題や書類の締切日を自分で決められる場合、上限目いっぱいまで遅めに設定したほうが良いです。
・ある課題(書類)を頼まれたとします。このときどちらの返答がベターでしょうか?
①:明日までにやりますという。
②:1週間後までにやりますという。
明日までやりますと気持ちよく返事をすることは悪いことではありませんが、1週間後に提出しますといったほうが確実に得をします。
明日出せるとしても、1週間後までに出しますといってしまったほうが圧倒的に有利です。
これもアンカリング効果なのですが、明日までというアンカーによって、明日出すという実績(事実)がいわば当たり前のこととして受け入れられてしまいます。もちろんコンスタントに有言実行できる優秀な人なら文句はありませんが、3日後になってしまう可能性も0ではありません。
仮に明日出せたとしても1週間後までというアンカーがあれば、課題を頼んだ相手としては6日分得をしたような感覚になります。
このように自分が消耗しないためにも、相手の満足度を上げるためにも小さく出たほうが上手くいく可能性が高くなるということです。
お笑いで「緊張と緩和」という言葉がありますがまさにこれもアンカリング効果の一種としてとらえることが出来ます。面白いことを言わなそうなのに面白いことを言ったら、面白くないだろうというアンカリングのおかげで、同じレベルのおもしろさが倍増したように感じられます。
「これから面白いことを話します。」といってから話し出すことは笑いを少なくしてしまいます。面白いこと話してよというフリが地獄な理由はこのためです。
「すべらない話」とあえてハードルを上げてトークに挑む一流の芸人さんは別格ですね!
アンカリング効果は、毎日私たちのすぐ目に付くところで使われており、気づかないうちにそのトラップに引っかかっています。
しかし、このトラップに引っかかることは悪いことではなく、もはや当たり前のことです。
ですから、逆に自分でも賢くアンカリング効果を使って生きていくことによって、人生の難易度を少しだけ減らすことが出来るのではないでしょうか?